DX推進者のための、『なんちゃってDX』回避術

中小企業のDX推進者たちが最も恐れる事態、それが『なんちゃってDX』。

形ばかりのデジタル化でお茶を濁すようなDX施策を揶揄する言葉ですが、会社のため粉骨砕身した推進者が、「なんちゃって」などという評価にまみれるとしたらこんなに切ないことはありません。

あなたの身にも訪れるかもしれないこの悲劇、どうすれば回避できるのでしょうか?



目次[非表示]

  1. 1.稼ぎのない業務は、サッサと合理化するのが正解?!
  2. 2.「完全IT化」を警戒するのには、ワケがある
  3. 3.視野狭窄に陥らざるを得ない時代背景
  4. 4.『なんちゃって』を遠ざける、2つの心構え


稼ぎのない業務は、サッサと合理化するのが正解?!

コロナ禍によりなかば強制的にテレワークを導入し、それに引きずられるようにペーパーレスへと移行できた──。

しかし次なるDXの一歩に何を選べばいいのか? その先はどこへ向かうべきなのか? という新たな問いに明確な答えを見いだせず、「このままコロナ終息したら元の働き方に逆戻りしそう」「なんちゃってDXで終わったと後ろ指さされそう」と内心焦っているDX推進者も少なからずいらっしゃることでしょう。

こうした状況のなか、なんとかDXを継続・加速させたい企業のあいだでにわかに注目を浴びているのが、ノンコア業務のITによる合理化

一般的にノンコア業務とは、それ自体では直接売上・利益を生みだすことのない、総務や事務などのバックオフィス系業務のこと。

高度な経営判断が必要ないルーティンワークが多くを占めるとされ、RPA(Robotic Process Automation:業務自動化ソフト)やクラウドサービスなどのITツールで代用できるため積極的に置き換えていくべき、という論調がもてはやされているのです。

しかしこの手法、「DXの処方箋だ」と安易に飛びついていいものでしょうか? 

たしかに一般論としては理にかなっているように思えますが、ノンコア業務に従事しているスタッフ自身はどう感じているのかが気になります。

「裏方業務は機械で十分とは何ごとだ、DXなんて絶対反対してやる!」と憤慨のあまり“アンチIT”へと宗旨替えするようなことがなければいいのですが…。

そこでジェイエスキューブでは、自社内で現場社員の意識調査を行うことにしました。

数あるバックオフィス部門のなかからアンケートの対象として選んだのは人事部。書類やデータをメインに扱う他部門に比べて、生身の人間にまつわる事柄を数多く扱う部門です。

処理の難しい案件を多数抱えているであろう彼らが、ITによる合理化をどう捉えているのか。DXの今後を占うのにふさわしい対象だと考えたのです。

問いかけたのは、IT化できない業務とその理由や、ITによる合理化の達成度など。あくまで自身の主観にもとづいて回答してもらいましたが、そこから見えてきたのは、画一的IT化への警戒心と、推進者とのDXに対する温度差

実はDXを具現化していく立場である推進者の多くが、このような現場スタッフとの足並みの乱れを悩みとして抱えています。改革を急ぎたい推進者と、必ずしもそうとは限らない現場、このギャップはなぜ生じてしまうのでしょうか?

​​​​​​​

​​​​​​​


「完全IT化」を警戒するのには、ワケがある

問題をひもとくため、「IT化できない業務とその理由」という設問に対する回答のなかから例を挙げてみましょう。

●労務トラブルに関する意見交換や、一筋縄ではいかない従業員との折衝、応募者の熱意や瞬発的な対応力を測りたい最終面接などは、一瞬の表情の変化が重要な意味を持つため、それが読み取りづらいリモートには適さない

●保険証・住民税決定通知の配布、財形貯蓄払戻・供託・退職金請求の処理、退職時の貸与物回収などなど、電子化非対応の書類や物品を配布・回収する業務はペーパーレスにできない

●離職票は電子申請可能だが、公共職業安定所での処理に時間を要し失業給付の支給が遅れることから、離職者に配慮して紙での申請を続けている

●リアルで行う会社説明会や最終面接時の資料はメール等でのデータ共有で済ますこともできるが、メールを見落とされてしまうかもしれないし、参加者の利便性を踏まえるとその場でメモを書き込める紙での配布が望ましい(一次面接については全てペーパーレスで実施)

●採用に関する応募書類の大半はデータ授受に切り替えているものの、学生の成績証明書や卒業見込証明書などは、大学が電子化に対応していない限りデータへの置き換えが難しい。またハローワークとの書類の授受も郵送対応が原則なので置き換え不可

●捺印などの関係もあり、入社書類は現在も紙を郵送し記載してもらっている

●データ照合作業や情報を俯瞰して見る必要がある業務については、紙出力&マーカーチェックが効率的。モニタでは一覧性に限界があり、また紙のほうが目に優しいため、結果正確にできる

● オンライン環境が整っていなかったり(カメラなし&マイクなし)、PCスキルが不足していたりする社員、メール・チャットよりも電話・対面を好む社員も一定数存在するため、すべて一律にIT化することは困難

●修正が都度発生するような大至急での資料作成は、オンラインで行うとむしろ非効率


なるほど現場の回答は、いずれも詳細で具体的です。人間相手の仕事だからこその見解も散見され、ただ感情的にITを忌避しているのではなく、確かな根拠にもとづく反論であることも分かります。

前章で「ITへの警戒心」という表現を用いましたが、その実態は「なにがなんでもIT化NG!」という偏狭さよりも、むしろ「人心に絡む事案はイチゼロで解決できない」「効率のためあえてアナログ選択」という筋の通った気骨さえ感じられます。

裏を返せば、それ以外の業務についてはITによるメリットを十分に享受している、と認識しているのではないでしょうか。


視野狭窄に陥らざるを得ない時代背景

続いて「他社と比較してITによる合理化が進んでいると感じるか? もっと進めていきたいか?」という設問に対する回答を見てみます。


●合理化の余地があるかもしれない

●どちらかと言えばできている

●分からない

●人事向けツールを導入すればもっとできると思う

●ツールも選びだしたらキリがないので現状に満足


また、「合理化達成度を推察する際に比較対象とした企業」の設問に対しては、

●トッパン・フォームズ

●トッパン・フォームズ

●分からない

●トッパン・フォームズ

●分からない

と、唯一ジェイエスキューブの親会社が挙げられるにとどまりました。これらの回答の背景に横たわっているのが、いま私たちが直面している社会情勢です。

現代は、VUCA(Volatility・Uncertainty・​Complexity・Ambiguity:変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代だと言われます。

あらゆる環境が目まぐるしく変化し、今後の予測が困難な世の中で、中小企業の一部門である人事部のメンバーは日々の業務にフルコミットせざるを得ず、自らの組織の立ち位置や向かうべき方向を俯瞰的・相対的に把握するのが難しいのではないでしょうか。

加えてコロナ禍で、合理化の観点で他社と比較をするリアルな機会が失われたことも影響しているはず。

つまりアンケート結果を総括するに、現場の現状認識は概ね以下のような状況であることが伺えます。

日々の業務ではすでにIT化のメリットをある程度享受できており、合理化において他社に立ち遅れを覚えているわけでもない──。

すなわち現場は、DX推進者が考えているほど、いま以上に合理化を進める必然性を感じていないのです。これではDXに対する両者の意識にギャップが生じるのもやむを得ないのかもしれません。



『なんちゃって』を遠ざける、2つの心構え

現場の当事者意識が薄いとすれば、結局のところ推進者が啓蒙的立場に立って、一から十まで現場を導くほうがDXはうまく進むのでしょうか。

「VUCA時代に置いていかれないよう一刻も早い変革を」と大局を見据えている推進者なら、むしろそのほうが手っ取り早いと考える向きもあるでしょう。

しかし、現代の会社組織はセクションごとに大なり小なりサイロ化(分断された縦割り構造)の様相を呈しており、部署が100あれば業務プロセスも100様。そもそもコア・ノンコアの線引きの実際もまた、各社各様です。

わが社の人事部社員がIT化にそぐわないと例を示したような、その部署ならではの局所的業務や、そこに通底する細やかなこだわりまでは部外者から見えないことも。



加えて、閉鎖的なサイロ環境で代々醸成・堆積してきた文化や志向が複雑に絡まり、門外漢が気安く口を出せない「聖域」と呼ばれる業務プロセスへと成長を遂げていることも珍しくありません。

繰り返された企業合併にうまく対応できたことで、幸いにもジェイエスキューブは複数の企業文化を包括することができていますが、M&Aをまったく経験せず長らく単一の歴史と文化を積み重ねてきた企業においては、組織のサイロ化はより根深くデリケートな問題になりがち。

改革を急ぐあまり、「ノンコアはツールで一挙に合理化!」などと一般論を振りかざし聖域もろとも拙速に切り捨ててしまうと、軋轢が生じること必至です。

そのため推進者は現場をリスペクトしつつ、彼らが聖域の何を大切にしてきたのかを、より高い解像度で理解しなければなりません。

そして拾い集めた現場の想いを、単年度経営方針や中期経営計画および各DX施策にあらためて位置づけし直し、経営メッセージとしてふたたび現場へ届ける必要があります。

「なぜやるのか」「誰のためにやるのか」そういった相互理解のもと推し進めるDXであれば、推進者と現場の間に「温度差・ギャップ・スレ違い」があっても必ず解消できるはずです

DX推進者は現場と経営陣を取り持つべき、とよく言われます。

ただし勘違いしてもらっては困りますが、現場の反発を上手に受け流しながら、手練手管で経営の思惑通りに誘導せよという意味ではありません。

もちろん「ペーパーレスだ、テレワークだ、ノンコア合理化だ」と次々流行する紋切り型の手法に飛びつき、現場と経営の両者に対して「やってる感」をこれ見よがしに示すことでもありません。


●現場の価値観を理解し、新たな形で未来へつなげる。

●推進者が描くDXの未来予想図を、すべてのステークホルダーで共有する。


このように組織体質の変革さえいとわない覚悟で、現場と経営陣を取り持つ必要があります。そうすればゴールまでの道のりはどれだけ遠くとも、その時々に応じて手段さえ変わろうとも、真の意味でのDXは実現されるはずです。

そもそもDXは、業務プロセスの単なるデジタル化ではなく、ビジネスモデルや組織そのものから変革しようとする取組み。迷ったり壁にぶつかったりしたとき、いつでもこの原点に立ち返れるよう、推進者は胸に刻みこんでおきましょう。「できるところからはじめたDX」を、「できるところだけやってオシマイ」すなわち『なんちゃってDX』で終わらせないために。